【初めての不妊治療】男女のスキンシップに対する価値観と、妊娠への思い

妊活

不妊治療を始めたばかりの頃、
私は「妊娠ってもっと簡単にできるもの」だと思っていました。

小学生の頃の性教育で刷り込まれた価値観と、
実際に妊活を始めて知った現実。

そのギャップについて、今日は書いてみようと思います。

小学生の頃の性教育の記憶

小学生の頃に受けた性教育の授業は、
いつもの授業とはどこか空気が違っていました。

他人の顔色や空気を気にしがちな私にとって、
その違和感は強く印象に残っています。

外部からやってきた、明るく親しみやすい“おばちゃん先生”。
ポップな人形のぬいぐるみを使いながら、
性行為やそれに関わる病気について、
まるで読み聞かせのようなテンションで楽しく教えてくれました。

未知の知識が次から次へと入ってきて、
少し頭が混乱している中、
私はなんとなく「恥ずかしい」気持ちでそこにいました。

当時大人しく優等生だった私が
その授業から抱いた感想は、こんなものです。

  • 男女の接触は怖い
  • 避妊具をつけていても妊娠することがあるらしい
  • それはとても大変なことになる

つまり私の中には、こんな価値観が静かに刷り込まれていました。

「赤ちゃんは、想像以上にすぐできるもの」

そんな感覚を持ったまま、
私はそのまま大人になりました。

不妊治療という現実

結婚し、友人たちが次々に出産をしていく中で、
私は当然のように「次は自分の番」だと思っていました。

学生時代には

「子どもは同級生にしようねー!」

なんて無邪気に約束していたのだから。

けれど、なかなか授かりません。

ふと、あの頃の授業を思い出しました。

あれ、妊娠ってすぐするものじゃなかったの?

私の中では、
妊娠は「防ぐもの」という意識がとても強く、

“望んで待つもの”

だとは、これまで考えたことがありませんでした。

自分の認識と現実の間にあるギャップに、
静かに衝撃を受けました。

焦りの正体

なかなか授からない現実に、
少しずつ焦りを感じるようになりました。

でもその焦りは、
単純に「子どもが欲しい」という気持ちだけではありませんでした。

私はなんとなく、

「このくらいの年齢で出産するだろう」

という算段で生きていました。

仕事の選び方も、働き方も、
「妊娠したので辞めます」と言わなくて済むように。

将来のストレスを避けるために、
自分なりに考えて選んできたつもりでした。

それなのに、予定は静かに崩れていきます。

年齢のことも頭をよぎります。

そしてもう一つ。

両親に、孫を見せたいという気持ち。

私はおばあちゃん子でした。

あの時間のあたたかさを、
次は両親に渡したいと思っていました。

だから焦ったのだと思います。

自分のためだけでは、なかったから。

見えないだけで、きっと多い

実際に妊活を始めてみて、
不妊治療と向き合っている人が思っていたより多いことを知りました。

病院の待合室には椅子がたくさんあるのに、
座る場所を探してウロウロする日もあるほどです。

もしかしたら、
治療をしている人たちは
あえて口にしないだけなのかもしれません。

会話でもSNSでも、
妊娠や出産の報告の方がどうしたって耳に入ってくるもの。

それはきっと、
自然なことなんだろうなと少し納得しました。

男性側のプレッシャー

タイミング法では、
排卵日を予測して「この日にスキンシップを」と決まります。

けれど、その日が近づくにつれて

  • なんとしても成功させなきゃ
  • 彼女の努力を無駄にできない

そんな思いが強くなり、
それが逆にプレッシャーになることもあるそうです。

不妊は、
どちらか一方だけの問題ではない。

改めて、そう感じるようになりました。

今のわたし

焦る日もありました。

でも今は、
ひとつずつクリアしている途中です。

今の私ができることを、
できる範囲で。

日々を味わいながら、
気持ちはできるだけゆるめに。

タイミング法、人工授精を経て、
これから体外受精へ進む予定です。

まったり、ゆったりいこう。

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