人生の終着駅とは|祖母の介護で気づいた「人は最後にどこへ帰るのか」

気づきエッセイ

祖母の介護

父方の祖母。
私から見ておばあちゃんの介護を、しばらく母がしていた。

おばあちゃんは近所の人たちから、なぜか「先生」と呼ばれ慕われていた。
とてもきっちりしたキャリアウーマンだったから、少しの異変では誰も気づくことができなかった。

洗濯用洗剤を飲み物と間違えて飲んでしまったとき。
その出来事で、やっと家族は異変に気づいた。

「認知症」

診断を受けたときには、症状はかなり進んでいた。

母からのSOS

ある日、祖母の介護をしていた母から電話がきた。

「もう限界。助けてほしい」

電話の向こうの母の声は震えていた。

そんなに追い詰められていたなんて知らなかった。

だんだん強くなる祖母の暴言。
孫の私からすると受け流せる言葉でも、嫁いできた母にとっては相当きついものだったと思う。

今思うと、あのとき「助けて」と伝えてくれた母に感謝している。

祖母の介護をする日々

それから私は実家に戻り、しばらく母に代わって祖母の介護を始めた。

だんだんと体が思うように動かなくなり、
祖母は一日中ベッドで過ごすようになった。

固形のご飯は食べられなくなり、
離乳食のようなご飯を一口ずつ口に運ぶ。

美味しそうに食べていたかと思えば、突然

「いらない!」

とスプーンを弾かれることもある。

その姿は、まるで赤ちゃんのようだった。

よく笑う。
よく泣く。
嫌なときは、全身で「いやだ」と伝える。

人は最後にどこへ帰るのか

おばあちゃんを見ていると、ふとこんなことを思った。

人は生まれたとき、
すでにすべてを悟っていて、完成しているのかもしれない。

けれどこの世界で生きるうちに、
欲や煩悩が生まれたり、
人からどう見られるかを気にしたり。

そうやって本来の自分を少しずつ見失っていく。

そして年を重ねて、
いろいろなものを手放していく中で。

最後にはまた、
スタート地点であり、同時にゴールでもある場所へ
帰っていくのかもしれない。

そんなことを思った。

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